イースターを迎えるたびに思い起こす出来事がある。四十年前、神学校を卒業し教会に伝道師として着任して初めて迎えたイースターの朝のことだ。全寮制の神学校での生活は、結婚間もない私たちにとって楽ではなかったが、同じ志をもって歩む仲間がいる喜びがあった。妻は銀行員として働きながら私を支え、教会での奉仕にも加わっていた。やがて妻は会社を辞めて聴講を始め、生活は蓄えと教会の支援だけとなり、卒業時にはほとんど残っていなかったが、「主が備えてくださる」と信じて歩み始めた。
着任後、謝儀の支給は月末で、イースターはその一週間前。家計はぎりぎり。幼い娘のミルク代も必要だった。教会では特別献金が呼びかけられていたが、財布にはわずかな現金しかなかった。前夜、最悪の場合は駅前のパン屋の無料のパンの耳をいただけばよいと覚悟し、決めていた額をそのまま献金として捧げた。不安はあったが、主に委ねる平安があった。
第一礼拝後、教会学校の奉仕に向かう途中、長老が私を探し、封筒を手渡した。「ある方が先生に」とだけ告げて去っていった。開けると、その朝捧げた献金の十倍の金額が入っていた。謝儀支給までの一週間を過ごすには十分すぎる額。夕拝では感謝を込めて再び献金を捧げることができた。
誰にも事情を明かしていなかった中で起こったこの出来事は、神が必要に応えてくださったという事実を超え、駆け出しの伝道者であった私に寄り添い、その門出を祝福してくださるお方に触れる、かけがえのない経験となったように思う。
音楽はイースターにも賛美したい「讃美歌21」#290「おどりでる姿で」です。
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